Column
最近、脳梗塞や心筋梗塞の予防・治療薬として注目されているアスピリンについて脳神経外科医の大田浩右(こうすけ)先生にお話をうかがいました。
アスピリンってどんな薬ですか?
解熱鎮痛薬として有名です。現在、世界各国で最も広く使用されている薬のひとつです。
ルーツは「柳」って本当ですか?
柳の樹皮に含まれる「サリチル酸」にはすぐれた解熱鎮痛作用があります。その歴史は紀元前にさかのぼり、古代インドや西洋でも柳の鎮痛効果はよく知られていました。医学の父と呼ばれるギリシャのヒポクラテスは、発熱時や出産時の痛みに対して、柳の樹皮で治療したと伝えられています。また、古代中国や日本でも歯の痛みを押さえるために柳の枝で作ったつま楊枝や歯ブラシが使われていたそうです。
その後、柳の樹皮の中から有効成分のサリチル酸だけを取り出したり、他の物質からサリチル酸が合成されるようになりました。リウマチの治療に用いられていましたが、苦味や胃が荒れるなど大きな問題がありました。
アスピリンが発売されたのは?
今から百年前のことです。ドイツのフェリックス・ホフマン博士は副作用の少ない新しいリウマチの薬の研究を続け、ついに1897年アスピリン(アセチルサリン酸)の合成に成功。そして二年後の1899年に鎮痛剤として発売されました。
ピリン系の薬ですか?
いいえ。非ピリン系の薬です。アスピリンは名前にピリンとつくためにピリン系の薬と勘違いされている人も多いようですが、非ピリン系に分類される薬です。アスピリンをはじめとする非ピリン系の薬は、安全性も高く風邪の症状の改善薬などに広く使われています。
一方のピリン系は効きが良いのが特徴です。しかし過敏症を起こしたことがある人や、アレルギー体質の人には向いていません。
脳梗塞の治療や予防にアスピリンが処方されるという話を聞きましたが……アスピリンって風邪薬に使われていますよね…
薬はもともといろいろな作用を併せ持っています。アスピリンの最も一般的な作用は、解熱と鎮痛作用ですが、その他にも血をかたまりにくくする抗血小板作用が認められ、脳梗塞や心筋梗塞の治療や予防で注目を集めています。
なぜアスピリンが脳梗塞や心筋梗塞に効くのですか?
血栓(血の塊)の形成を防ぐ素養があるからです。私たちがけがをすると血小板が傷口に集まり、血液を固めて血を止めます。動脈硬化などで血管の内側が傷ついた場合も、同じように血小板が集まり血栓となります。アスピリンはこの血小板の内側に働きかけ、固まるのを防ぎます。つまりアスピリンは血液をさらさらにする働きがあるのです。
具体的な治療効果について教えて下さい。
以下に示します。
「ニューイングランド医学雑誌」によると40歳以上の健康な医師22,000人に対して、半数にはアスピリンを1日おきに飲ませ、残りのグループにはニセ薬を飲ませた結果、ニセ薬を服用したグループの5年後の心臓発作を起こした人は189(死亡18)人に対し、アスピリンを服用したグループで心臓発作を起こした人は104(死亡5)人であったという報告がされました。
1994年にイギリスのAPT(抗血小板実験共同組織)も脳梗塞・一過性脳虚血発作を対象とした調査で、脳梗塞の再発を22%、脳梗塞のみならず心筋梗塞・その他の血管死の発症を27%減少できると報告しています。ただし、健康な人が脳梗塞を予防するためにアスピリンを服用することは、脳梗塞については効果が期待できるものの、脳出血の危険がわずかながら高くなるため、お勧めできないという意見もあります。
アメリカのダートマス医大で、大腸ポリープ(放置すると癌になる可能性があります)の外科的切除を受けた患者さん1,121人を対症に調査が行われました。第1グループには有効成分の含まれていないニセ薬を、第2グループにはアスピリンを325mgまたは81mgを3年間毎日投与した結果、前者では、47%の患者さんに大腸ポリープが再発したのに対し、後者の再発生率は38%にとどまったとのこと。そして、アスピリン325mgを服用した患者さんの大腸がんの発生リスクが19%減少したのに対し、低用量の81mgを服用した患者さんのほうが40%減少とその効果が高いことが明らかにされました。これはアスピリンが痛みや炎症を引き起こすプロスタグランジンという物質の生成を抑える作用を持っているからではなかと言われています。
また、アメリカのミネソタ大の研究グループは、閉経後の女性2,800人を対象に7年間に渡って調査を行いました。その結果、80人にすい臓がんが発病しましたが、アスピリンを飲んでいる人が発病するリスクは、飲んでいない人に比べて43%少なく、また飲む回数が多いほど、発病の危険性が少ない傾向にあるとの報告がされています。
アルツハイマー型痴呆の、根本的な治療法方は現在のところ確立されていません。しかし、アスピリンやイブプロフェンなどの非ステロイド系の薬を服用している患者さんにアルツハイマー型痴呆が少ないことからその効果に期待が寄せられています。これらの薬には、アルツハイマー型痴呆の原因のひとつと考えられている「老人斑」を退治しようして起きた脳の炎症を抑制する働きがあり、症状の進行を遅らせるといわれています。
日本でアスピリンが抗血小板治療製剤として認可されたのは?
平成12年9月からです。アスピリンの抗血小板作用は知られていたものの、それ以前は法律上、解熱・鎮痛・消炎剤としての効能しか認められていませんでした。あえて関節炎や腹痛などの健康保険で認められている病名をつけながら患者さんに投与されてきました。抗血小板製剤としてアスピリンが認可されたのはアメリカに遅れること15年、つい最近のことです。
高い薬ですか?安い薬ですか?
価格が低いこともアスピリンの魅力です。一錠(百mg)6.4円の薬の場合、予防のために毎日飲んでも月200円ほどです。
適量は?~アスピリンジレンマ~
解熱・鎮痛剤として使用する場合は、1日600から1,000mg程度の量が必要ですが、血液をサラサラにするための抗血小板製剤として使用される場合は80~300mg程度の少量で効果があります。アスピリンはたくさん服用すれば良いといくものではなく、かえって量が多すぎると効果が弱くなってしまいます。この不思議な現象はアスピリンジレンマと呼ばれています。
アスピリンの副作用は?
少量とはいえアスピリンを長期にふくようすると胃の粘膜が荒れて、胃が痛くなることがあります。アスピリンは、たっぷりの水で飲むことが大切です。また、アスピリンは血をかたまりにくくするため、怪我をしたり、脳出血などを起こした患者さんは、血が止まりにくくなります。病院や歯医者で治療をする場合、アスピリンを服用していることを必ず医師に伝えて下さい。
アスピリン喘息とは?
アスピリンに代表される消炎鎮痛剤等によって誘発される喘息のことです。成人の喘息の約一割がアスピリン喘息といわれています。原因となる薬がわかる場合には、その薬の服用を中止すると症状は治まります。ただし、非常に強い発作が起こる可能性があるので、喘息が出た場合にはすぐに医師の診察を受けて下さい。
子供の服用には特に注意が必要とか?
インフルエンザやおたふく風邪、水疱瘡のときにアスピリンを使用すると、ライ症候群という死亡率の高い危険な疾患になる可能性が高いことが報告されています。ライ症候群とは、おう吐や興奮状態に限り、重い脳障害を起こす病気です。
最後に一言お願いします。
アスピリンは百年以上前に作られた薬ですが、現在では解熱鎮痛薬はもちろん、脳梗塞や心筋梗塞の治療・予防薬としても広く使われるようになりました。さらには肺がんの予防、妊娠中毒症の予防など、まだまだ大きな可能性が秘められています。
以上のようにアスピリンは古くて新しい薬です。
プレスシード 2002年9月6日掲載