隠れ認知症は生活習慣病
隠れ認知症とは:社会生活には支障のない軽度の認知障害MCIのことです。主たる原因は 質の悪い生活習慣と加齢です。
危険因子は 運動不足、筋肉量、便秘下痢、不眠、遅寝、社会参加の不足、糖尿病、高血圧などです。
なお、本稿ではアルツハイマー病など変性型認知症は除外しています。
認知機能を支えている臓器たち
認知症は経験に基づいたベイズ診断に頼っています
認知症の診断治療は経験に基づく部分が多く、医学の中で遅れた分野と言われています。物覚えテストは必ず受けていただく大切な検査です。いまだに確たる診断法はありません。
診断によく用いられるのは改訂長谷川式簡易知能評価スケール、ミニメンタルスケール(MMSE)、仮名ひろいテストです。その他、脳SPECT検査は血流を見ます。MRI検査は脳の萎縮の程度を見ます。最近はアミロイドβを可視化できるPET検査、髄液中のタウタンパクやアミロイドβの測定ができるようになりました。これらの検査から得られた新たな知見を時系列に積み重ねていきます。
今から400年近く昔、ベイズが素敵な哲学的、数学的理論を発表します。ベイズの定理です。豊富な臨床経験を持つ医師は、事前確率として認知症を疑うAさんに対し、面接・問診・検査をしていく中で、手に入る新しい情報を直感的に補正・追加しながら、精度を高めた事後確率として隠れ認知症、さらに認知症への移行確率を予見します。この手法はまさにベイズ推定と言えます。
物忘れが気になるあなたや家族へ
- 男女ともに50代は性ホルモンが減少に入る体調の転換期です。
- 認知症は50代、60代から、10~20年かけて忍び寄ってきます。
- 最初徴候は最近もの忘れが気になる、主観的記憶障害SCIです。
- 主観的記憶障害SCIは加齢による生理的なもので病気ではありません。もの忘れを意識し始めたら、生活習慣を見直して認知症の予防を意識することです。加齢によるもの忘れが気になるあなたにとって、生活習慣の改善は最善の認知症予防策です。
認知機能障害の傾向として高学歴や知的職業の人は前頭葉機能の保持されていることが多く、海馬に萎縮が見られても日常生活に支障ないことがあります。周囲は本人のプライドを傷つけないよう、物忘れドック、なかでも脳血流SPECT検査をすすめてください。 - 世界の流れは、もの忘れが始まったら生活習慣の改善を中心とした予防対策を行うことが大切という考えで一致しています。
- 認知症への移行率:生活習慣病である隠れ認知症MCIから認知症への移行率は追跡の仕方により様々ですが、5~8%/年と考えられています。
家族も心配する物忘れ
厚生労働省は、65歳以上になると、4人に1人は隠れ認知症である軽度認知障害MCIになると警告しています。本人も家族ももの忘れを気にしていますが、物覚えテストは正常範囲、社会生活は正常な人たち、正常と異常の境界型ゾーンの人たちです。しかし、放置すると認知症に移行する可能性があります。
私は問診・物覚えテストを中心に、血液検査、画像検査を参考に隠れ認知症(軽度認知障害)MCIの早期発見に努めています。
A. アルツハイマー型認知症
- 原因:アミロイドβ、タウ蛋白神経原繊維変化
- 画像:海馬を中心に脳の広範囲に萎縮が見られる。
- 性差:女性に多い
- 初期症状:物忘れ
- 特徴的症状:物忘れ、取り繕い、物取られ妄想、徘徊
- 経過:徐々に進行する。
- その他:認知症の大半を占める。
B. レビー小体型認知症
- 原因:αシヌクレイン レビー小体
- 画像:脳、特に海馬の萎縮は見られにくい。
- 性差・有病率:やや男性に多い、パーキンソン病発症1年以内の認知
- 初期症状:幻視妄想、うつ状態、パーキンソン症状
- 特徴的症状:認知の変動、幻視妄想、うつ、自律神経症状、睡眠時異常行動、パーキンソン症状、転倒しやすい
- 経過:調子の良い時と悪い時を繰り返しながら進行する。5~7年の生存
- その他:誤診が多い うつ病、統合失調症、アルツハイマー病、パーキンソン病
C. 認知症を伴うパーキンソン病
- 原因:αシヌクレイン、黒質レビー小体形成
- 画像:従来海馬萎縮はないと言われていたが、最近の研究では海馬萎縮を伴うという報告が増えている。
- 性差・有病率:パーキンソン病発症1年以上後の認知症、5~6倍認知症になりやすい
- 初期症状:動作緩慢などパーキンソン症状、1年以上遅れて認知障害
- 特徴的症状:認知障害は運動療法と抗パーキンソン薬に反応する
- 経過:動作緩慢が主症状だと認知の進行は早いが、リハビリにより10年程度は日常生活可能
D. 前頭側頭型認知症
- 原因:タウ蛋白 TDP-43
- 画像:前頭側頭葉に左右差の目立つ萎縮、側脳室前角の拡大、脳回の境界が目立つ
- 性差・有病率:50~60歳代と比較的若年発症の傾向あり、有病率は認知症の5%程度
- 初期症状:他人への配慮が出来なくなる。
- 特徴的症状:ルールが守れない、人格変化、行動障害 周囲の状況に関わらず自分が思った通りの行動をする。
- 経過:後頭葉が保たれている初期は日常生活に問題を生じない。しかし自発性の低下と常同行動が高頻度に見られる。後頭葉から基底核まで障害が及ぶと急速に症状悪化する。
上の表は脳血管障害を除く主な認知症の種類と症状をコンパクトにまとめたものです。
こんな生活をしていると認知症になりやすい
上にあるほど危険度が高い
- 有酸素運動の不足
- 遅寝、短時間睡眠
- 社会的つながりの減少・喪失
- 孤独を好み、無口な性格
- 聴力の低下
- イビキ・無呼吸
- 喫煙、飲酒
- 口腔内不衛生
- 慢性の副鼻腔炎・鼻炎・歯周炎
- しつこい便秘、繰り返す下痢
- 汗をかかない生活
- 高齢者に不向きな薬(後述)
認知症予防の 9ヵ条
1 運動習慣:毎日30分以上大地を歩く
古来より、人は歩くこと、走ることによって脳を発達させ健康を保ってきました。脳は骨、筋肉、胃・腸と直結しています。大地を歩くと重力効果により骨と筋肉は鍛えられオステオカルシン、マイオカインなど脳の健康を保つ大切なメッセージ物質が分泌されます。運動は血糖の維持・改善、インスリン抵抗性の改善、何よりも糖化を予防します。さらに、慢性便秘の改善に役立ちます。
2 睡眠
人類は誕生から脳を発育させ重量は体重の5%、消費エネルギーは20%を使う巨大脳になりました。結果として、体を休ませるレム睡眠から脳を休ませるノンレム睡眠が大切となってきました。睡眠は疲労を取り、あらゆる細胞機能を活性化します。老人の睡眠障害の原因は仕事の減少、肉体的疲労の減少、時計遺伝子(体内時計)の劣化による深睡眠の減少、さらに精神的不安、皮膚搔痒、夜間頻尿、むずむず脚など多彩です。高齢者睡眠不足のマネジメントは認知症予防にとって大切です。睡眠時間には個人差が大きいですが、睡眠不足を苦痛と感じれば治療対象となります。(後述)
3 会話のある生活
脳を最も活性化するのは会話です。老夫婦になると「あれ、それ」で通じるため、家庭内の会話が減ります。会話は脳の広範囲の神経回路をバランスよく使うため、認知機能維持に効果的です。テレビばかり見ている生活から外に出て、地域の人との会話、友人知人との会話、ゲートボールの参加、デイサービスの利用を心がけましょう。グループ会話は記憶力、集中力、判断力など複合的な能力を多用するため予防に効果的です。
4 空腹のある食生活
空腹は貴重な活性化シグナルです。胃から分泌される空腹ホルモングレリンは脳の視床下部・下垂体に作用し、食欲増進と成長ホルモンの分泌増加、筋肉量の増加、報酬系に作用し老化抑制と免疫力を高めます。夕食から朝食までの12時間絶食はおすすめです。朝食をとばし昼食まで16時間絶食療法もあります。
5 健康な腸内細菌叢の維持
脳は腸と直結しており、脳・腸相関と呼ばれています。人は細菌と共生しています。口腔内、鼻腔内、中でも多いのが腸内です。腸内細菌叢フローラが健康であれば、アレルギー、糖尿病、不眠症、記憶障害、気分障害、ADHDまで改善します。「腸が健康になると病気が治る」と言われるゆえんです。脳の健康は腸内フローラの状態に左右されます。善玉腸内細菌、善玉腸内真菌が心と身体をコントロールしているとさえ言われています。
フィズス菌は セロトニンを増やすなど認知機能との関係に注目が集まっています。ヨーグルトメーカー各社が機能強化型ヨーグルトを開発し宣伝しています。慢性便秘と慢性下痢の是正、生活習慣の改善は必須です。
最近、認知症の予防治療として便移植が注目されています。
6 聴力低下への正しい対応
加齢による聴力低下の早期発見と、集音器、補聴器による対応は大切です。五感の中で耳から入る情報は脳内の複雑な神経回路を次々と乗り換え、脳の様々な部位を刺激するため高度な認知機能を必要とします。難聴による情報量の減少は脳の萎縮につながります。難聴による社会的孤立は認知症発症につながります。補聴器を購入する際は認定補聴器技能者のいる店を選ぶようにしましょう。オーティコン、マキチエ、リオネット、オムロンなど機種は豊富にあります。私はオムロンの廉価な簡易型補聴器を使っています。
7 タンパク質、脂肪、炭水化物のバランスよい食事
食生活の項で詳述
8 必要なビタミン・ミネラルの補給
高齢者に総合ビタミン、なかでもB群、A、C、Dは大切です。骨粗鬆症でよく使用されますが認知症やパーキンソン病などにも有効です。
亜鉛欠乏による認知機能低下や味覚障害などがあります。原因としてH2ブロッカーやプロトンポンプ阻害薬(8週処方制限あり)など、制酸薬の漫然とした長期内服による亜鉛吸収障害が指摘されています。一方でサプリによる安易な亜鉛の補給は、銅などのミネラルバランスを崩しますので要注意です。私は国内メーカーのマルチビタミンを利用しています。
9 居住空間、口腔、鼻腔の清潔
不潔な空間に住むカビはアレルギー、認知症、癌などの原因になります。清潔な口腔内と鼻腔は健康の要です。フッ素入り歯磨き、歯間ブラシ、舌苔のソフトブラッシング、薄い重曹水による鼻腔洗浄は有効です。
認知症から正常への回復率:生活習慣を改めることによって隠れ認知症、軽度認知障害MCIから正常への回復率は16~41%/年です。
サイエンスに基づいた説明
◆ 炭水化物に偏った食の改善
人類の歴史の99.9%は脂肪を燃やすケトン食の時代でした。
1万年前、農耕文化が始まって以来、炭水化物が豊富に手に入り、なぜか脂肪は悪者になり、人は肥満の道を歩み続けてきました。グルコース過剰、ケトン不足が起きると子供の発達障害や頭痛、睡眠障害、うつなどの種々の精神症状、高齢者では動作緩慢、認知機能低下などを来します。炭水化物に偏った食事の是正は認知症の予防と治療にとって大切です。
ケトン療法は、難治性のてんかんの治療法として米国で1920年代に開発された食事療法の一つです。現代日本人の一般的な食事は炭水化物60%、タンパク質14.5%、脂質26.5%です。厚労省もタンパク質と脂肪を30%まで増やすよう指導しています。
脂肪酸の種類
必須脂肪酸は脂溶性ビタミンA・D・E・Kの吸収率を高めます。
過剰な炭水化物の弊害 糖化とは
炭水化物に偏った食事により体内に余分な糖が増加します。この余分な糖はタンパク質と結びついてタンパク質を変性劣化させ、その結果分解されにくい糖化最終生成物エイジスという名の老化物質となります。この老化物質エイジスは分解されにくいため体内に蓄積し体調不良や様々な病気の原因になります。
酸化、糖化、炎症の”負の連鎖”
糖化によって引き起こされる病気
◆ 空腹と重力を使った運動習慣の効果
空腹ホルモングレリンは成長ホルモンの分泌を増やします。人間の一生にわたって代謝・調節に関与します。骨と筋肉の健康を維持し、認知機能、免疫機能への活性化作用を持っていることが分かってきました。
★骨のはたらき
骨からのメッセージ物質は多数確認されています。
インスリン、成長ホルモン分泌促進作用
記憶力増強作用
生殖力増強作用
老化と免疫力低下の抑制作用 抗がん作用
2006年国際骨免疫学会議始まる。
着地による重力効果
骨と筋肉を動かせば長寿となる。 ベンテ・ペターゼン博士
重力のない宇宙にいる飛行士古川さんの悩みは、骨と筋肉が地球上の数倍のスピードで衰えることです。
★筋肉のはたらき
筋肉からのメッセージ物質は多数確認されています。
体温維持作用
BDNF抗うつ作用
記憶力増強作用
神経細胞保護作用
睡眠作用、抗炎症・抗動脈硬化作用
免疫の活性作用
免疫暴走の抑制作用
筋肉は生命維持装置とも言われています。骨格筋量指数SMIを測ることによって、各年齢の標準値がわかります。
◆ 睡眠はサビ落としと記憶を作る時間
60歳を過ぎると成長ホルモンや抗酸化ホルモンメラトニンは分泌が低下し、サビ落とし能力も低下します。睡眠中、昼間に活性酸素でさびた体のサビ落としを行い⇒免疫力を回復しています。早寝早起きは今も昔も健康の秘訣です。10時消灯は脳の健康、ひいては腸の健康につながります。10時~3時は黄金睡眠と呼ばれる大切な時間帯です。認知症の予防に直結します。
記憶は夜作られる
睡眠と記憶は密接な関係にあります。
目から、耳から入ってきた情報はまず海馬に保存されます。海馬は睡眠中に前頭葉に記憶を転送し、前頭葉と協力して必要な情報を選別・固定(LTP)し、不必要な情報や曖昧な情報を消去(LTD)し、記憶を整理保存します。
この一連の記憶作業は前半の22~3時のノンレム睡眠(黄金睡眠)時間帯に行われ、記憶の固定は後半の浅い睡眠時のレム睡眠期に行われます。個人差はありますが10時就寝、6時起床の8時間睡眠は大切です。
脳を掃除する睡眠
アルツハイマー病の認知症患者さんの脳表には暗褐色の斑点が出てきます。この斑点はアミロイドβ(ベータ)という脳活動の結果として生じたネバネバした生ゴミです。この生ゴミは脳表を覆うくも膜の下を流れる脳脊髄液に流出し、静脈から吸収され脳の外に排出されます。睡眠中の脳脊髄液の循環を良くすることは認知症の予防と治療につながることがわかってきました。
グリンパティックシステム(Nedergaard M .Science 2013)
睡眠中にアミロイドβを集める収集車がやってきます。
ネバネバした汚いゴミだな~
10年も20年も遅寝してゴミ出しせずにたまりにたまった結果が認知症とは
早寝しておけば良かった・・後のまつりかな~
Webナショジオ 2016年11月29日付の記事より引用
検査について
検査には、問診検査、血液検査、画像検査があります。この中で対面による問診検査が最も大切です。問診検査の結果を中心に画像検査、血液検査を加え総合的に判断します。
本人だけでなく、家族など身近な人に状況を聴く検査もあります。
【対面による物覚えテスト】
・長谷川式簡易知能評価スケール HDS-R
得点数は判定にとって絶対的なものではありません。総得点が20点以下の場合は認知症が疑われます。改定長谷川式は視空間・遂行機能、記憶、注意力、想起力など、多面的な認知機能を評価します。
得点数 | 判 定 |
30~26点 | 正 常 |
25~21点 | MCI軽度認知障害疑い |
20~15点 | 軽度~中等度認知症 |
14点以下 | 中等度~高度認知症 |
・ミニメンタルステート検査 MMSE
場所・時間の見当識など多面的な認知機能を評価します。認知症の検査として最もよく使用されています。MCIを判別する感度はやや低いです。
MMSE得点数 | 判 定 |
30~27点 | 正 常 |
26~24点 | MCI軽度認知障害疑い |
23点以下 | 認知症疑い |
20点以下 | 認知障害あり |
・仮名ひろいテスト
イギリスの民話をひらがなに変換したもので意味を読み取りつつ、「あいうえお」の5文字拾って〇をつけてもらいます。「あいうえお」は全部で61文字、満点は61点、制限時間は2分です。前頭前野の機能である集中力、理解力の評価に優れた検査です。他の認知検査の結果と併せて認知症のタイプを判定します。年代別基準点数は研究者により異なりますので参考値です。
80歳以上で10点前後は認知症疑い、常時10点以下は認知症。
参考値平均 | 60歳~ 27.6点 |
65歳~ 22.4点 |
70歳~ 18.1点 |
75歳~ 16.9点 |
80歳以上 10点以上 |
参考:日本医事新報No.3658
・大友式認知症予測テスト
もの忘れの始まり、認知症の初期の段階を調べる10項目の質問からできています。
ほとんどない、ときどきある、頻繁にある、3項目の質問に答える形式です。
ごく初期の認知症や認知症に進展する可能性のある状態などを自分自身予測するための検査です。家族も一緒に予測できるように考案されています。医学博士大友英一氏により考案されました。
なお、この質問以外にも家族から情報を得ることは大切です。
0~8点 | 正常 | 物忘れも老化現象の範囲内。疲労やストレスによる場合もあります。 8点近かったら、気分の違う時に再チェックを。 |
9~13点 | 要注意 | 家族に再チェックしてもらったり、数ヶ月単位で間隔を置いて再チェックを。 認知症予防策を生活に取り入れてみたらいかがでしょうか。 |
14~20点 | 要診断 | 認知症の初期症状が出ている可能性があります。家族にも再チェックしてもらい、 結果が同じなら、もの忘れ・認知症外来へご相談下さい。 |
・空間認知テスト
図形描写、時計描写は抵抗感なくできる検査。たくさんの情報を得られます。
1:認知症疑いの場合、用意された材料を使って立体的な構造物を作ってもらいます。写真は一例です。人によって他の個性的な構造物を作られる場合もあります。
2:明らかな認知症の場合は、写真で作ってもらう構造物を見せてから材料を渡します。材料は構造物用だけで余分の材料は入れません。軽症認知症の回復状況を見るのにも便利です。
【血液検査】
認知症にとっての危険因子、弱点を調べます。
HbA1c値:
赤血球の糖化の程度を示す大切な指標です。糖化は慢性炎症の原因だからです。HbA1cは基準値内であっても5.5を超えないよう食事指導を行い、必要に応じメトホルミンを少量処方します。
遊離T4値:
甲状腺ホルモンは少量から時間をかけて補充していきます。一般名チラージンとしてよく知られています。
併用注意薬として、カルシウム剤、鉄剤、亜鉛、炭酸リチウムがあります。チラージンを朝内服し、鉄剤、亜鉛は夜内服と時間差をつけてください。
亜鉛値:
インスリンの合成・貯蔵・放出、神経保護作用があります。
75μg/dL以上を目指して処方、目標は100μg/dL、亜鉛の補充には時間をかけて銅とのバランスに注意しながら急がず慎重に行います。ノベルジンよりもプロマックD75のほうが安全に使用できます。
ホモシステイン値:
ホモシステインは体内で合成されるアミノ酸の一つです。代謝を円滑にするビタミンB6、B9葉酸、B12などが不足すると蓄積し酸化ストレスとなり、血管障害など様々な病気の原因となります。ビタミン補充を検討します。
ビタミンB群:
個別補充より総合ビタミン剤が望ましい。
過剰摂取の心配のないB2はリボフラビンとして有名です。最近ミトコンドリアを元気にする作用報告もありB群と認知症との関係は注目されています。
活性型ビタミンD値:
カルシウム代謝、糖代謝にとって大切です。また、筋肉の代謝を活性化し加齢による筋肉減少サルコペニアの改善に効果が期待されます。時に食欲不振、体重減少、結石などの副作用があります。
【骨密度検査】
骨密度は認知機能と相関関係にあります。
認知症は男女比でいえば女性に多いです。閉経による急激な骨量の減少と認知症の関係が注目されています。最近の女性は紫外線を極端に嫌う傾向があるため、カルシウムの吸収不良だけでなく、ビタミンDを作る働きが減弱し、精神的に鬱になる傾向もあります。高齢者では骨粗鬆症から不眠、鬱まで多彩です。
骨密度は、骨に含まれるカルシウムを中心としたミネラルの量です。
若い人と比較した値、同年代と比較した値は大切です。
【骨格筋量指数SMI】
筋肉量は認知機能と相関関係にあります。したがって、加齢による筋肉減少サルコペニアは認知症のリスク因子です。
あなたのSMI値について、下図で分かりやすく説明します。
【聴力検査】
会話域難聴には適切な集音器、補聴器による対応が必要です。
安価な簡易補聴器と高価な本格的補聴器のどちらが適しているかについて説明します。
【脳の機能を見る検査】
脳血流スペクト検査
脳血流と認知機能は相関関係にあります。前頭葉、側頭葉、頭頂葉、楔前部、後頭葉など区域ごとの血流の状態を見ることができます。
【脳の萎縮をみる検査】
MRIは脳の萎縮状態を見る検査です。視覚的にわかりやすい利点があります。MRI検査により記憶中枢と言われている海馬および海馬傍回の萎縮の程度を人工知能AIにより解析することができます。この解析値をZスコアと呼びます。数値で表示されるのでわかりやすいですが、脳の萎縮イコール認知症ではありませんので早合点は禁物です。
萎縮度 | Zスコア値 | 判定 |
A | 0~1 | 萎縮はほとんど見られない |
B | 1~2 | 萎縮がやや見られる |
C | 2~3 | 萎縮がかなり見られる |
D | 3以上 | 萎縮が強い |
Zスコア値は認知症診断のあくまで参考値です。萎縮イコール認知症ではありません。
検査費用は1,900円(1割負担の場合)、検査時間は約35分です。
【鑑別診断のための検査】
ダットスキャンのSPECT画像は脳線条体におけるドパミンホルモンの分布を可視化することができます。
ダットスキャンはアルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、パーキンソン型認知症などの鑑別に有用です。
検査費用は8,000~9,000円程度(1割負担の場合)、検査時間は3時間半程度かかります。読み物を持参下さい。
国が認可した治療薬
この原稿の執筆中に、米国食品医薬品局FDAがアルツハイマー型認知症治療の新規薬としてアデュカヌマブを条件付きで承認しました。アルツハイマー型認知症の原因となるアミロイドβを分解する抗体薬です。日本で厚労省が認可した治療薬は4種類です。
- 2016年フランス高等保険機構HASは、4種の認知症薬(アリセプト、レミニール、リバスタッチ、メマリー)は医療上の利益が不十分として保険償還不可の勧告を出していました。この勧告を受けたフランス保健省はこの4剤の保険償還停止処置を行い、自費扱いとなりました。
- 2017年、ブレデセンのリコード法The End of Alzheimer’s はフランス政府の対応と興味深いタイミングで発表されました。
- メマリーは神経接合部に過剰に増加した神経伝達ホルモン グルタミン酸を減少させる薬です。
- アリセプトは神経接合部に減少した神経伝達ホルモン アセチルコリンを増やす薬です。
- レミニールはアリセプトと同じくアセチルコリンを増やす薬です。
- 日本で認可されている4種の認知症薬はいずれも作用は穏やかです。4種の認知症薬は世界各国で使われていますがその使用は減少傾向にあります。
私が注目している薬
日本で抗体薬が認可されても生活習慣、食習慣の改善と良眠という基本的な治療は変わりません。現在世界各国で安価な既存薬の認知症への治療効果についての研究が進んでいます。私は従来使われてきた安全な既存薬を組み合わせることによって認知症の進行を遅らせることはできると期待しています。
私はメラトニンを厚労省の薬監証明をとって処方しています。効果に個人差が大きいのは難点ですが、加齢によるメラトニンの不足を補える最強の抗酸化物質です。
炭酸リチウムは未だに作用機序がわからない双極性障害の特効薬ですが、これも少量で海馬の記憶力を維持する効果があるとの報告があります。
バルプロ酸ナトリウムは神経保護作用が期待できます。
少量のメトホルミンは糖化を防ぎ、長期的な認知症進行予防に役立つと考えられます。
プロプラノロールは抗不安作用と共に脳脊髄液の流れを良くする作用が期待されます。
イチョウ葉エキスはドイツで医薬品として製造販売されています。脳血流を増やす作用が確認されており、認知症のみならず、うつ、めまい、耳鳴りなどにも使われています。
ポリアミンは細胞分裂やタンパク合成に必要な成長因子です。一般的に多くの食材に含まれています。抗認知作用や免疫力増強作用に注目が集まっています。
参考までに
高齢者はなるべく飲まない方がよい薬
認知機能に影響する コレステロール薬 制酸薬 睡眠薬
処方は医師の裁量権です。
かかりつけ医であれば相談にのっていただけると思います。
高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015 老年医学会編
高齢者が避けるべき薬 国立保健科学院疫学部門
プロトンポンプ阻害薬の長期使用はアセチルコリン合成に影響する(カロリンスカ大学2020)
1 高齢者における漫然としたコレステロール薬スタチンの使用は可能なかぎり避けるべきである
コレステロールは細胞活動のエネルギー源です。高齢者の生活は低栄養になりやすく、低コレステロールによる生存率の低下、認知症発症リスクの増加などが指摘されています。コレステロール基準値については学会間での対立と論争が続いています。
中年期の脂質異常症、特に高コレステロール血症はアルツハイマー型認知症の危険因子であることが示されており、中年期の脂質異常に対しては適正なコントロールが望ましい。逆に、高齢者では血清コレステロール値が高いほどアルツハイマー型認知症になりにくいという報告があり、高齢者へのスタチン投与は慎重を要します。
日本神経学会 認知症疾患診療ガイドライン2017より
日本におけるスタチン製剤
シンバスタチン | リポバス |
プラバスタチン | メバロチン |
フルバスタチン | ローコール |
アトルバスタチン | リピトール |
ピタバスタチン | リバロ |
ロスバスタチン | クレストール |
2 高齢者における制酸剤H2ブロッカーの使用は可能な限り避けるべきである
比較的安全性の高い制酸薬PPIであっても、長期使用は可能な限りさけるべきである
強酸性の胃酸は食物の殺菌による細菌環境の調整、栄養分を分解し吸収しやすい形に変える作用があります。H2ブロッカー、プロトンポンプ阻害薬(4~8週間処方制限あり)など、薬により胃液の酸度を下げると細菌の繁殖を招き肺炎の原因になります。また腸内フローラを傷つけ腸における消化吸収障害のリスクを高めます。また、糖尿病のリスクも高めます。
(参考文献:Gut. 2021.70(6):1070-1077)doi:10.1136/gutjnl-2020-322557.
高齢者の亜鉛、鉄、ビタミンの吸収障害、なかでもB12の欠乏はホモシステインを増加させ神経障害である認知症、アルツハイマー型認知症、パーキンソン病などの進行を助長することが指摘されています。活性型ビタミンD3吸収にも影響し、骨粗鬆症、認知症、各種神経障害の進行を助長すると指摘されています。鉄はFe3+の形で摂取され胃酸やビタミンCなどによりFe2+に還元され吸収しやすい形に変えられます。胃酸の酸度が下がると鉄の吸収障害につながります。その他、微量元素である亜鉛、銅、セレンなどの吸収障害にもつながります。65歳過ぎ、とくに70歳を過ぎたら制酸薬の漫然とした長期内服は可能な限り避けるべきと考えられています。
H2ブロッカー | プロトンポンプ阻害薬:8週の処方制限あり | ||
シメチジン | タガメット | オメプラゾール | オメプラール |
ラニチジン | ザンタック | オメプラゾン | |
ファモチジン | ガスター | ランソプラゾール | タケプロン |
ニザチジン | アシノン | ランソプラゾール含む合剤 | タケルダ |
ラフチジン | プロテカジン | ラベプラゾール | パリエット |
エソメプラゾール | ネキシウム | ||
ボノプラザン | タケキャブ | ||
ボノプラザン含む合剤 | キャブピリン |
2023年8月 Neurology ONLINE,Northuisらは制酸薬プロトポンプ阻害薬の長期内服者をコホート調査した結果、4.4年以上内服している高齢者は非内服者に比べ認知症発症リスクは33%高かったと報告しています。
3 高齢者における睡眠薬の使用は可能な限り避けるべきである
睡眠は人の欲望の中で1位と言われています。入眠困難、中途覚醒などの睡眠障害は認知機能に影響します。ところが、睡眠障害に対する薬の多くは抗アセチルコリン作用、抗ヒスタミン作用、抗α1作用などを持ち、脳活動を抑えます。したがって70歳以上で認知障害が疑われる高齢者へのベンゾジアゼピン系睡眠薬の処方は可能な限り避けるべきです。60歳代でももの忘れを自覚する場合は、ベンゾジアゼピン系睡眠薬、非ベンゾジアゼピン系睡眠薬は慎重処方です。
不眠を訴える高齢者には処方の前に改訂長谷川式と仮名拾いテストを行い、認知機能が正常であることを確認ください。私は高齢者の不眠に対し新規睡眠薬は薬効が弱いため、メラトニン、セロトニン・ドパミン遮断薬の少量を追加使用しています。
新規睡眠薬
終わりに 2021年3月 大田
私は混迷する認知症の診断と治療の遅れを取り戻すため生活習慣に力点を置いたリコード法を取り入れてきました。本小冊子は学会のガイドラインとは異なり、私の臨床経験を集約したものです。私自身立派な高齢者です。「憂世を浮世に変えて楽しく生きなきゃ損々」という江戸の小唄のように、「人に恵まれ笑って歩いて寝なきゃ損々」とボケない楽しい生き方を願っています。