T様 70代(男性)
| 原因となった病名 | 脳梗塞 |
| 治療方法 | 頚部血管閉塞により、治療方法について医療スタッフ会議に、本人と家族が出席して説明を受ける。ステント挿入手術になることに決まる。 |
| 病名がわかったときの お気持ちはどうでしたか? |
平成14年2月頃より、朝起きてから午前中何となく頭の奥に痛みを感じるようになった。重い腰をようやく上げて9月16日大田記念病院へ診察に行く。当時4診は理事長先生。MRIを撮るので午後3時半に再度来る様にと言われた。約30分程で終了した。当時2階の会計で支払をするために椅子に掛けて、小泉首相の北朝鮮訪問、記者会見や関連のニュースを放映、テレビを食い入る様に見ていた時、気が付くと右の手、足に力が入らず動きが不自然な動作となった。隣の方がいち早く看護師さんを呼んでくれ、血管注射を打ちながら車椅子でレントゲン室へ。結果は脳梗塞と診断されICUへ緊急入院。その夜理事長回診、担当医が今日の午前中理事長が診察した人で云々…理事長がベットに横になっている私に、“あんた運が良かったナァ”と言ってくれた言葉を今でも思い出します。これまでに脳梗塞で体に後遺症が残り不自由な行動をされている方を見るたびに、自分には無関係のことのように思ってきた今、脳梗塞と聞いて自分があの後遺症の残った体になるのかと思った反面、血管注射をしたら、取りあえず元どおりの体に戻ったので安心も半分ありました。 |
| 治療を受けるまでの お気持ちはどうでしたか? |
治療方法の説明を聞いて、納得したので冷静そのものであったように思います。ただ、面会が昼と夜の各1時間で、家族に伝えたいこともあり電話も出来ず不自由な毎日でした。 |
| 治療後~退院までは いかがでしたか? |
順調に推移したのでしょう、4~5日で4階の病室に移りました。そして約1週間程度で退院しました。心配した後遺症も無く、家族は勿論親戚も安心してくれました。この間、何回か病状とか後遺症を確認する意味でしょうか、検査をしました。指を曲げたり、絵(?)を見たり、100から7をマイナスしたらいくらかと言う検査もありました。即座に93と答えると更に7をマイナスしたらの問いに対して即座に86と…答えるテストもしました。看護師さん曰く、こんなに早く正確に言える患者さんはそういないとのお世辞…、私は生来頭は良い方ですが、血管の修復が出来、頭に血液が良く流れるようになったので、更に頭が良くなるのではと聞いたところ、それは無いと、つれない返事(笑)。 |
| 現在は病気に対してどのように 向き合っていますか? |
現在、半年に1回MRIと頚部のエコー検査を交互にやっています。そして毎朝、血液がさらさらになる飲み薬を1錠飲んでいます。更に私は呼吸に支障のある肺気腫を患っています。どちらも大病です。月並みな言葉ですが残された人生、病気と仲良く友達付き合いをと思っています。 |
| その他ご要望等ありましたらご自由に記入下さい。 | |
| 未記入 | |